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OB清田和男さん 震災ボランティア報告

 

『自己探求へ進む道』(3月10日更新)

『自己探求へ進む道』(3月10日更新)
 
11月7日(土)清田、いっちー
    木や竹の移動
 21日(土)清田、勝沼さん
    庭の斜面の竹の伐採、移動
 12月27日(日)清田、いっちー
    家の片付け、清掃、家財の運び出し

11月7日(土)
  ボラセンで5人のチームが組まれた。庭に集められた、刈り終わっている大量の木や竹を下段の道路に面した場所まで運ぶ作業だった。 移動しないと除染業者が運んでくれないとのこと。
  「この作業をやる意味は?」等、いつも思うことはたくさんある。 時々冷たい雨も降る中で目の前の作業に集中した。 ひとりではとても続けられない作業だと思った。 チームの力を感じた一日だった。
  11月21日(土)久しぶりに勝沼さんが同行してくれて、うれしくありがたかった。京都からバスで来た10人と各地から集まった10数名のボランティアで庭の草を刈り、竹を伐採して運ぶ作業だった。除染は自宅から周囲~メートルと決まっているらしく、家主さんが言うには、「ここも敷地なのに、除染業者さんにやってもらえなかった…」とのことだった。 数年を経て伸びた竹は数も多く、この人数を持ってしても終わらなかった。 時を忘れ、斜面の竹を1本ずつノコギリで切り倒している途中で時間がきてしまった。
 
12月27日(日)
  松本センター長の話では台所の清掃、片付けの依頼とのこと、常連の女性ボラさんと清田といっちーの3人でそのお宅へ向かった。
  そこには3姉妹の方々がいた。避難していたり、嫁いだりしていて遠くからふるさとに集まったという感じだった。 この家は、いずれ住めるようにと除染も兼ねてリフォームをするために(捨てることも視野に入れて)家財道具のすべてを庭に出している途中だった。 遠慮がちに「ボランティアさんは台所を中心に…」との話だったが、まだ重い家具や本棚等も残っていたので、相談しあい、同時並行で行うことにした。
  清田がいちばん気になったことは、外へ出しても回収のメドが立たない家財道具やトン袋だった。庭に数年置き去りにされてしまうことが原発から20キロ圏内エリアの現状………
 「…放射能がなければ……他の被災地ならすぐに運んでくれるのに……」と心の中でつぶやいてしまう自分がいた。
  突然住めなくなり、家族がバラバラになった現実がここにもあった。
  なのに…3姉妹の方々は明るくて、いろいろ気づかってくれていることも感じながらの共同作業だった。 うち解け合い、会話もはずんだ。(^_^)
 やっぱり依頼主さんと一緒の作業はいいなぁとしみじみおもった。
  「ボランティアさんが来てくれてよかった。こんなに片付けが進むなんてびっくり、うれしい。」 そんな声も聞き、自分もうれしくほのぼのとした気分になった。

 11月21日
 左眼を患ったからだろうか…見慣れたボラセンの看板(できる人ができる時にできる事をする)の下に松本センター長の強い念いを現す言葉にしばし心が引きつけられた。
 『絶対に負けない。復興の日までボランティアは頑張る。』「絶対に負けない。」
 「この言葉に添いたい、身体よ、どうか持ちこたえてくれ!」と自分自身に頼んでいた自分がいた。

  今 自分にとってボランティアとは何かを考える。
  南相馬に行き、草を刈り、竹を刈り、清掃をし、人と出逢い、かかわる。 そのプロセスとサイクルの中で意識的に反応しながら自己を感じ、生きている実感を得ていく。 自分にとってのボランティアとは奉仕では終わらない、自己探求への道へと続いているようにおもう。
  その先には、活動できること、人と出逢えること、人とかかわれることのよろこびと感謝がある。

  ありがとうございます。

   清田 和男
 

『感謝とよろこび』(11月24日)

『感謝とよろこび』(11月24日)
 
いろいろありがとうございます。自分のペースで無理をせずこれからも活動を続けていきたいとおもっています。
 9月19日 台風18号大雨被害日光市のお宅の庭の泥だし
10月10、12、18日常総市へ
9月20日~23日 石巻市牡鹿半島大原へ遊びに。
19日、シルバーウィークは石巻市牡鹿半島大原へ行くのを楽しみにしていた。しかし台風18号の被害の大きさを感じ、一日はお手伝いをとおもい、いっちーと一緒にあまり報道されずにボランティアも足りていなかった日光市へ向かった。期せずして大原で一緒に活動したカメラマンの小西兄貴や長谷川さん、和歌山や南相馬で一緒に活動した高田さんもいて、同じチームになった。15人で庭の泥だしをしたが終わらなかった。水害の大変さを改めて感じた。
常総市には3回足を運んだ。活動内容は、生活道路の清掃やお宅の庭の泥だしや整備だった。被害範囲が広く、まだ庭に泥が残っているお宅が広範囲にあり、田畑にも水害の後が痛々しく残り、道路にも、ワラや泥、流失物が散乱していた。 着替えや長靴等が重かったが、自宅から電車を乗り継いで1時間30分位で水海道のボラセンに着き、バスで現場へ移動というパターンは、はじめてだった。 被害が広範囲で駐車スペースが限られている市街地での災害支援はこの形になるのかもしれない。 東北と違って行きやすさもあるのか、「初めてこういうボランティアに来ました。」という方もちらほらいて、「ボランティアに行ける人が増えてくれたらいいなぁ」と思った。
1回目の常総市での活動を終えてバスへ歩く道すがら、渇いた泥が付いたままのたくさんの稲穂とその奥に一人で庭の片づけをされている住民の方の姿が目に写った。ボラセンの方の「冬が来る前になんとかしたい…」という言葉も思い出してまた常総市へ行こうと思った。
シルバーウィーク…前述の日光市から大原へ向かった。 大原行政区の石森区長さんにいつものように挨拶に伺い、「今回はボラではなく、大原の人たちに会いに遊びに来ました。」と言うと、「じゃあオラの船で釣りに行こう」と言って下さり、生まれて初めてヒラメを釣ることができた。他にもサバ、イナダ、カンパチ等も釣れた。いっちーもヒラメ、マゴチ、ホウボウが釣れた。 「区長さんメチャクチャ楽しいです!」と何度も船上でつぶやき、「生きていれば楽しいこともあるんだなぁ」としみじみおもった。一生の楽しい想い出になった一日だった。 ヒラメは区長さんの奧さんにお造りにしてもらい、他の魚たちは炭火で塩焼きにして、7~8人の大原の人たちとわかちあい、至福のひとときを味わった。
仮設住宅から高台移転の復興住宅に移られる方、自立再建で家を建てられる方、ご家族や仕事の事情で大原を離れる方、恋愛相談等いろいろなお話しを伺い、それぞれの方々が大切な人生の選択をされて、その結果離れ離れになる印象も受けて複雑な気持ちになったが、こうしてつながりとかかわりが残り、お話しを伺えることはありがたく、うれしいことと感じた。
おがた棟梁とも再会し、お酒を酌み交わせた。おがた棟梁とは飲みながら震災直後の頃の話しをすることが多い。団体でボランティアに来た女性に「ありがとう」とおがた棟梁が言ったら、「私なんかに声を掛けてくれてありがとう」と返ってきたとのこと。「ありがとうっていうのはこっちの方なんだ」とおがた棟梁がしみじみ言っていた。棟梁には真心がある。
「てきやさん…無理するなよ、怪我するなよ、もうすぐ暗くなるから終わりにしろよ」と、いつも「てきやさん…」から始まる棟梁の笑顔でのぶっきらぼうな命令口調を聞くのが好きだったことを思い出した。「自分は棟梁から真心を、やさしい気持ちをたくさんもらってきたんだな…」 気がついたらうれしくて泣いていた自分がいた。
  
大原は感謝とよろこびに包まれた時間だった。
まだ身体にキレが戻らないが、こうして活動を再開できたことをうれしく、ありがたいと感じている自分がいる。
 

活動報告 復活の一歩(10月22日)

活動報告 復活の一歩(10月22日)
 
間が空きましたがこれからも細々とですが活動を続けていきますのでよろしくお願い致します。
 『復活の一歩……病を得たり~なお足るを知らず南相馬へ』
 今年も月に1回以上は東北へとおもっていました。しかし、5月の連休に突然左眼に異変があり、網膜剥離と診断され緊急手術、入院となり、5月下旬に退院したのですが、その2日後に再発し、再入院、再手術となり、職場復帰ができたのは6月下旬でした。
 歯がゆいおもいを抱えながら夏をやり過ごし、9月13日にやっと南相馬の地に再び立ち、復活を噛みしめながら、草刈り・木の伐採・木の運搬等することができました。
このあと、台風18号大雨被害のあった日光市のお宅の庭の泥だしを行い、その後、活動を続けた石巻牡鹿半島大原へも遊びに行くことができました。そして10月は常総市でも活動できました。こちらは次回報告させて頂きます。
1回目の入院は、「早く仕事がしたい。早く南相馬へ行きたい。」とおもいながら過ごしました。
2回目の入院・手術から数日はとてもつらかったです。
 続く痛み、失明の恐怖、社会から排除されそうな不安等が繰り返し自分を襲いました。何度も死にたいと思いました。
「この状態で生き続けるのはつらい…」
そんなとき…今までよくしてもらったいろいろな人たちの顔やかかわり、想い出が感謝のおもいとともに自分を包んでくれました。
…続く痛みと不安と恐怖のなかで、想い出に包まれて…「今できることをして何かの、誰かの役に立ちたい、想い出をもうひとつ作ろう、生きよう。」とおもうことができました。
たくさんの人たちに支えられているからこそ、今こうして生きていられることに感謝しています。
これからも誰かの、何かの役に立ち、ひとつひとつのかかわりを大切にしながら過ごしていきたいとおもっています。
 

2014年12月~2015年3月 活動報告

2014年12月~2015年3月 活動報告
 
「誰でもできることを私にしかできないというおもいをこめて」
今年も活動を続けます。
12月27日(土) 南相馬
ビニ-ルハウスの解体と竹の伐採
1月17日(土) 南相馬
庭の整理(竹や木の粉砕、移動)
2月8日(日) 南相馬
ビニ-ルハウスの補修 草刈り
2月11日(水)  石巻牡鹿半島大原
ご神木祭参加(てきや イッチ-)
2月22日(日) 南相馬
竹の伐採 草刈り つばきの剪定
3月8日(日) 南相馬
ボラセン移転準備(廃材の片づけ 棚の設置)
12月27日(土) 南相馬ビニ-ルハウスの解体と竹の伐採
以前はビニ-ルハウスの解体には心理的な抵抗があった。放射能のため農業を続けられなくなったことの意味を考えてしまうから。 (ボランティア不足だから)いかに早く解体して次の現場へと思う自分に少し戸惑いを感じた。 慣れてはいけないこともある、考えなくてはいけないこともある、帰り道、年末の常磐道の高速を運転しながらそんなことをおもった。
1月17日(土) 南相馬
庭の整理(竹や木の粉砕、移動)
前回のボランティアチ-ムが切り倒した竹や木を整理してほしいというのが家主さんの依頼だった。やはり家主さんがいると気持ちが入る。休憩のたびにコ-ヒ-やお菓子をいただいていろいろお話を伺った。 こたつで温めていた鯛焼きも頂いた。心もあったかくなった気がした。大人になり、知らないうちに甘いものが苦手になっていた。特にあんこは。 子供の頃亡くなった祖母がよくこたつでお弁当や鯛焼きを温めていてくれて、小学校が半日だった土曜日にそれを食べるのが楽しみだったことを思い出した。鯛焼きってこんなにおいしかったんだなって思った。自分は時間ギリギリまでもっと庭をきれいにしてあげたいと思ったが、午後は雪が降り出したこともあり14時30分頃家主さんから作業のストップがかかった。「他にも困っている人がたくさんいる中で、ここまでしてもらってうちは大丈夫 ありがとう。満足しました。」という言葉をいただいた。ぬくもりを感じた一日だった。
2月8日(日) 南相馬
ビニ-ルハウスの補修、竹の伐採 草刈り
珍しく、解体ではなく、ビニ-ルハウスの補修・・・肥料の入った土が雨で流れないように囲う作業を家主さんと行った。家主さんによると除染はしてもらっているけれども、上流のダムの水が放射能で汚染されているため、農業の再開は難しいとのこと。「このハウスで稲の苗を育てていたんだ。・・・自分が生きているうちはもう農業はできない。でも気持ちだけでも何かしたくてね・・・でもひとりじゃあ気がめいっちゃって・・・今日ボランティアさんたちが来てくれてよかった。元気が出たよ・・・」と話されていた。たとえ稲の苗が植わらなかったとしても今日の作業の意味はあったとおもい、心がいっぱいになり、もう帰りたいとおもったが、ボランティア不足の折り、まだ14時、次の現場の応援に行かないと松本センタ-長に怒られる・・・という話になり、強い雨の中、次の現場へ向かい、草刈りを行った。 終わってみたら充実した一日だった。
2月22日(日) 南相馬 竹の伐採 草刈り つばきの剪定
作業指示書にはつばきの木の剪定とだけあった。慣れない手つきながら植木屋さんになったつもりでチョキチョキ剪定をしていたら家主さんが来た。「昨年9月に頼んでいてもう来てくれないかと思った。本当は、木や竹も切ってほしい」と話された。「・・・孫たちは新潟に家を買ってもうここには戻ってこない。先祖代々300年続いたこの家と土地が自分の代で終わってしまう・・・何も悪いことしたわけでもないのにくやしい・・・」 返す言葉もなくうなだれるしかない自分がいた。 心のどこかが痛い・・・  「住めないとわかっていても、先祖代々のこの地に住みたいと思うし、きれいにはしておきたいんだよね・・・」と家主さんは続けた。 せめて自分ができることをとおもい、のこぎりを持つ手に力を込めた。
3月8日(日) ボラセン移転準備(廃材の片づけ 棚の設置)
南相馬市社会福祉協議会よりボラセンの立ち退きを迫られ、その期限が3月いっぱいである。幸い地元の方で親切な人がいて、今のボラセンの近くの廃業した旅館の建物と敷地に移転できる運びとなり、整備が必要となっていた。 この日は松本センタ-長の命により、機材置き場への棚の設置と廃材の移動を依頼された。
1月17日の朝礼での松本センタ-長の話が印象的だった。「人はどんな時にしあわせを感じるのか。周りの人や家族がよろこんでいるときもしあわせを感じるのではないでしょうか。小高(南相馬市小高区)の人がしあわせになれるようできることをできる人が行い、被災者の心のがれきも取り除いてあげてください。」
南相馬のボラセンには年配のボランティアさんが多い。自分の父親の世代の人も多くいて、とても親切にしてくれる。 ずっと父親的なやさしさがほしいとおもい、自分もそれを身に着けたいとおもっている。自分らしさを活かした人とのかかわりと生き方をつかみたいとおもう。 自分の人生の課題と欲しいものがこの活動の中にはある。
誰かの、何かの役に立ち、しあわせを感じつつ、人とのふれあいとかかわりをこれからも増やしていきたい。
今年も南相馬で竹や草を刈る。 誰でもできることだけど、今ここで私にしかできないという気持ちを持って。
 てきやこと清田 和男
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